深夏は店の正面の駐車場に車が入ってくる音を聞いてげんなりした。
携帯画面の右上に小さく表示されているデジタル時計はあと10分で閉店時間である8時になろうとしていた。
このまま客が来なかったら数分でも早めに切り上げてやろうとしていたのにまったくついてない。
深夏は、ポケットマガジンで新作BL小説をチェックするのをひとまずやめ、携帯をカウンターの下に隠した。
靴音が客の到来を伝える。
「いらっしゃいませー」という声が自然とダルそうに響いたのが、自分でも分かった。
だが、入ってきた客にふっと視線をやって、次の瞬間とびあがった。
な、生ゲイ・・・?!
思わずそんな言葉が飛び出そうなほど、妖しげな二人組みだったのだ。
「で、どの花にするんだ?」
そう尋ねたのは、白いYシャツに黒いスラックス、それに光るまで磨かれた黒い革靴をはいた男。
ノーネクタイで胸元のボタンを2つほど外して着崩しているものの、黒々とした髪の毛はしっかりとセットされたままだった。
左手だけをだるそうにスラックスのポケットにつっこんでいる。
「これから決める」
答えたのは、黒髪の男にはやや劣るもののすらっと長身の男。
フェルト製の黒いソフト帽と赤ブチの眼鏡で隠されてはいるが、その造作が恐ろしいほど整っているのは一目で分かった。
帽子から金に近い茶髪がのぞいている。
どうやらこちらの男が花を買いに来たようだ。深夏はすかさず声をかけた。
「何をお探しでしょうか?」
男は眼鏡越しに深夏を一瞬見たがすぐに並んでいるバケツの入った花々に視線を戻した。
「友だちに、花束を贈りたいんだ。誕生日だったから」
「そうなのか?」
共に来店したくせに、黒髪の男には知らされてなかったようだ。
「そうだよ」
「いつが」
「もう過ぎた、7月の初め」
「女性ですか?」
そう深夏が横から尋ねると、帽子の男は「ああ」とだけ答えた。
ほんの一瞬のことだったが、黒髪の男が小さく嘆息したのを深夏は見逃さなかった。
おやおやー、気に入らないのかなー?
これは、もしかしたら、もしかするかも・・・くふふ。
深夏はそんな内心の萌えなどおくびにも出さず、営業スマイル全開で、
「どんな感じの花束にしましょうか。例えば、大きな花が少しとか、小さな花がたくさんとか。お誕生日プレゼントですので、明るい色にしたほうがいいとは思うのですが」
帽子の男は聞いているのかいないのか、店内を歩いて花を見て回りだした。
足早に見ていた男だが、バラの花が続く辺りにくると、歩みを緩める。
何かを考えるように、一種類一種類を丁寧に見ていた。
「これにする」
そういって帽子の男が選んだのは、1本650円のモダンローズ。
店内で最も高価だろう一種だった。
「そちらをおいくつ?」
「両手に抱えられるくらい」
ちょっと、値段見えてる・・・?
「でしたら、40本か50本か、少々お高くなりますけど」
ちらりと伺い見ながら深夏が言ったが、帽子の男はさらりと告げた。
「いいよ」
そういうならと、深夏はバケツから45本のモダンローズを取り出した。
先ほどは「友だち」などと言っていたが、本当は「彼女」なのかもしれない。それなら金も惜しくないってものだ。
深夏は、わたしが彼女なら、花より指輪か時計がいいですけどと言いそうになる。
だが待てよ、「彼女」への誕生日プレゼントを「彼氏」と買いにくるか、普通。
やっぱり、このBL漫画から抜け出てきたようなお似合いの二人がゲイのカップルだというのは、腐女子ケイコの萌えフィルターを通してみた妄想に過ぎないのかもしれない。
おしいなー、目の保養になるくらいお似合いなのに。
やはり、そんなに世の中にゲイはいないってことか。
「ピンクか。相手は大人だろう?」
初めて黒髪の男が口を挟んだ。
「ピンクではなく、アプリコット色といいます」
「いいんだ。俺が選んだやつがいい」
帽子の男は決めたら譲らない性格らしい。
それを知っているのか、黒髪の男はもう好きにしろという顔をした。
深夏がラッピングしにカウンターに戻ると、黒髪の男が財布を出しながら近づいてきた。
え? あんたが払うの?
深夏と同じことを思ったのだろう、慌てて帽子の男が言う。
「いい、俺が払う」
「財布はどこだ?」
「あ」
まぬけな声をあげる帽子の男。
なになに、いっつも彼氏が払ってくれるから財布持ち歩くクセがないなんて言うんじゃないでしょーねー。
黒髪の方が、わざとらしいほど大きなため息をつき、財布を開けた。
だが、その様子にごくわずかだが満足げな感情が入り混じっているのを深夏は鋭く見抜いた。
へー。こっちの男に払わせたくないんだー。ふーん。そう。
「でも、それじゃ俺からのプレゼントにならねえじゃん」
「お前が選んだんだから十分だろ」
ニブいわね、あんたからのプレゼントにしたくないのよ。
よっぽど深夏は言ってやろうかと思った。
だが、カウンター越しに目の前に立たれた黒髪の男の迫力に口をつぐむ。
怒らせたら怖いどころじゃすまなさそ。
「メッセージカードお付けできますけど、何か書かれますか?」
「いい。なんて書いていいか分かんねえし」
「みなさん、お名前とか書かれますけど」
「いいよ。それだけで」
仕上がった花束はちょうど両手に抱えるほどの大きさになった。
深夏が手渡すと、帽子の男は壊れ物でも扱うような手つきで受け取った。
まるでこの男のために存在するように、アプリコット色のバラの花束は男によく映っていた。
このままシャッターをきれば、そのへんのコンビニで見かける雑誌の表紙になってしまいそうだ。
男は満足そうに花束を見ていた。
それをみる黒髪の男もまた、まんざらじゃなさそうだった。
まるでこの男からそっちの男へのプレゼントしたみたいじゃない。
あーやだやだ。
始終萌えていた深夏だったが、ここまでくるとなんだか悔しかった。
なんで女のわたしが一度ももらったことないようなバラの花束を、男が抱えてんの?
それは深夏の中に残っているわずかばかりの女のプライドだったのかもしれない。
男二人が去っていく後姿を眺めながら、深夏はそんなことを思った。