夢のこと(by.ism様)

「恭介くん、おまじないの本とか持ってないのー?」
「……持ってたら逆にイヤじゃないすか?」
「いや、こんだけ本があったら一冊くらいそういう本あるかなと」
 確かに俺の部屋はスペースの八割を本が占拠しているが、どれも普通の小説や図鑑などだ。そんなファンシーなものは持っていない。
「何でそんなもの読みたいんですか」
「んー? いや、まあ、ちょっとねー」
 本棚漁っていい、と訊かれたので、手のひらを向ける。どれだけ探しても俺の持っている本に先輩の求める情報は載っていないと思うが、それで気が済むのならいくらでも漁ってもらって構わない。
「外国の児童文学ない?」
「あー、ミヒャエル・エンデとかメジャーなのしかないですけど。……っと、ここらへんすかね」
 スライド式の本棚を動かして、奥のほうにしまってあった分厚い本を何冊か取り出し積んでみせた。ちなみに、表紙が気持ち悪くて触ることすらできないジュール・ベルヌの海底二万海里以外は全てハードカバーで揃えてある。何度も何度も読んだせいで、どれもこれもぼろぼろだ。
「メジャーなのでいいよー。ほんで、魔女とか魔法とか出てくるのは?」
「はてしない物語とかナルニアとか、あとはグリム童話とか童話系もありますけど……先輩、一体何を知りたいんですか」
 久しぶりに子供のころの愛読書(幼ごころの君に自分ならどんな名前をつけるか一所懸命考えてたな、懐かしい)を開き、懐かしさに浸りながら訊ねる。普段から俺の理解を超える発言をたびたびする人ではあるが、ここまでおかしなことを素面の状態で言うのは珍しい。
「なんかねー、結構お世話になってる人が最近疲れてるらしくて、ここはひとつ夢に出張して励ましてこようかと」
「はあ」
「そんで夢に出張する方法とかないかなーって思ったの」
「先輩なんか夢に出てきたら余計疲れるんじゃないですか」
「恭介くんそれどういう意味?」
「そのまんまの意味ですが」
 少なくとも、この前俺の夢に先輩が出てきたときはひどくぐったりした。内容はよく覚えていないものの、先輩が出てきたことだけは確かだ。月に一度くらいはそんな夢を見て、起きぬけからため息をつくことになる。
「夢に誰かが出てくるのは相手が自分に会いたがってる印、って言いますし、会いたい会いたいーって念じてみたら出張出来るんじゃないですか」
「そっか! んじゃ今夜はそんな感じで頑張ってみよー」
「頑張ってくだ……」
 言いかけて、はたと口をつぐんだ。今、俺は気づいてはいけないことに気づいてしまったような。
 夢に誰かが出てくるのは、相手が自分に会いたがっている印。
 そして、俺の夢には定期的に先輩が出てくる。ということは、真実はいつも一つなわけであるからして、……いやいや。
「んなアホな……」
「どしたの?」
 これおもしろいねー、とナルニアの一巻目を読んでいた先輩が顔を上げた。俺と先輩は週に二回は会っているから、夢でもいいから会いたいと願われるわけはないはずなのだが。
「……なんでもないです」
「そう?」
「ちゃんと狙った相手の夢に出られるといいですね」
「んー。がんばる」
 出張される人も気の毒だな、と思いつつ、先輩につられて俺も笑った。




 次の瞬間「ところで結構おれの夢に恭介くんが出てくるんですけど」という爆撃を食らって死ぬほど咳き込む羽目になると知っていたら、笑ったりなんかしなかった。





20080907sun.w








この二人が気になった方は、星が持ってくるものを待つへGO!




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