ナース服

 キャンパスの最奥にある体育館から、まだ幾分緊張の面持ちを残した学生たちが次々と吐き出されてくる。皆それぞれに無難で端正な衣服を身に着けているが、あまり様になっていないところが初々しい。スーツに着られてしまうのは今もまだ変わらないだろう(だって、入学式以来着ていない)が、俺も去年はあんな風だったのかなと思いつつ、手元の携帯写メと入り口から出てくる人波に視線を走らせた。
 目的の人物は、今日は濃いグレーのスーツに淡いパープルのレジメンタルのネクタイをしているという。とはいえ、ほとんどの男子学生が似たような格好をしているのだ。これじゃあまるで、ウォーリーをさがせ。フレームの色は赤ではないが、標的は眼鏡を掛けているので、ますますウォーリーに思えてくる。
 こうなったら、奥の手だ。俺は体育館脇の水飲み場へと移動しながら、携帯の画面を写真から電話帳に変え、有川から聞いた目的の人物の番号を呼び出した。相手は俺の番号を知らないから出ない可能性もあるが、写真だけ見て捜しているより効率がいい気がする。
 運のいいことに、相手はコール三回で電話に出てくれた。が、思わずウォーリーと言いそうになって、俺は一瞬詰まってしまった。
「っ、有川・・・・・・敏也くんだよね? 俺、きみの従兄の友達なんだけど、今どこにいる?」
「あ、蒔田さんですか。今、水飲み場のところに・・・・・・」
 心細そうな声は、途中で途切れた。俺が携帯を耳に当てて喋っている彼を見つけ、後ろから肩を叩いたからだった。






 この春、有川の従弟がうちの大学に入学してきた。有川は両親からその子の面倒を看るよううるさく言われており、今日も学内を案内することになっているらしいのだが、入学式の終わる時間帯はサークルの勧誘で忙しい。そこでクラブやサークルに入っていない俺に、彼らが勧誘活動をしているサークル棟付近までその子を連れて来るよう依頼してきたというわけなのだった。
「あの建物の二階と、新棟の五階に学食があるから。新棟には二階にコンビニもある」
「あれは?」
「あれはホール」
 適当に案内しながら、目的の場所へ向かう。サークル棟に近づくと、そこは体育館とは違う騒々しさで賑っていた。ヒップホップのメロディに合わせてブレイクダンスを踊っている者、仰々しい衣装でシェークスピアの一幕を演じている者、新聞勧誘員よろしく学食の割引券で新入生を釣ろうとする者。その他いろいろ。
 プラカードや入部申込書を持って大挙してくる奴らを適当にあしらいながらずんずん進んでいく。すると、後ろから軽く肩を叩かれた。
「俺、新入生じゃありませんから」
 そう言って手を振り払おうとすると、知ってると返された。そりゃ、こんなラフな格好して入学式に出る奴なんていないもんなと思いつつ振り返ってギョッとした。
「有川! 来たぞ」
 後方に向かってそう叫んだのは、俺の同居人である中戸さんだった。彼は有川と同じサークルに所属しているのだ。
「おう、俊平、サンキューな」
「このサークルは、相変わらず変態集団だな」
 受付と紙の張られた長机から立ち上がって走ってきた有川に、視線を中戸さんに向けて冷たく言ってやる。
「俺らまで一緒にすんな。グンジ先輩の格好は部長の一存だ」
 有川が弁解し、さすがの中戸さんも、恥ずかしげに自分の格好を見下ろした。短めの衣装の裾を上げ、オーバーニーのソックスを履いた脚を複雑な表情で見つめる。
「俺もこの格好はさすがにキモイだろって言ったんだけど。俺の脚、結構筋肉ついてるし」
 いや、キモくないから却って怖いんですけど。つーか、犯罪が起きる前にその裾下げてください。
「それは大丈夫! 長い靴下履いてるから分かりませんって」
 有川が得意満面に請合う。部長の一存だの何だの言ったって、結局自分も面白がっているのだ。
「それに、それで二人は部員ゲットできてますから」
「真実は話したのか」
「声で分かるだろ」
 思わず入れた俺の突っ込みに、有川は「だからいいだろ」といった横柄ぶりで応える。
 いや、よくないだろそれ。いつかジャロに通報されるぞ。
「そういや俊平くん、この子は?」
 俺たちのやり取りを見ていた中戸さんが、俺の後ろに控えていた有川の従弟を見止めて首を傾げた。俺は放ったらかし状態になっていた敏也くんに慌てて謝ると、中戸さんに紹介した。
「はじめまして。有川敏也です。ヨウがいつもお世話になってます」
 敏也くんはそう言って、ペコリと頭を下げた。ヨウとは有川のことだろう。従弟の折り目正しい挨拶に、有川が猫かぶりやがってと顔をしかめる。
「そっか、有川の。俺はこいつと同じサークルの四年で中戸群司。んで、今きみが一緒に来た蒔田俊平くんの同居人」
「ヨウと同じサークル・・・・・・」
 声はともかく、格好に似つかわしいにこやかな自己紹介をした中戸さんに、敏也くんは何事か考える顔つきになった。
「じゃあこの人が・・・・・・」
「何?」
「うちの大学の松原留美子」
「ぶっ!」
 敏也くんの答えに噴出したのは、やっぱりというかなんというか有川で。中戸さんはその有川の頭をベシッと音を立てて叩くと、
「俺はニューハーフじゃねぇ!」
 いつになく男らしく言い放った。
 が。
「中戸さん、その格好で言っても説得力皆無ですよ」
「え? あ、」
 自分の状況を思い出した中戸さんが、そうだったと額に手を当て、脚を隠すように衣装の裾を下に引っ張る。
 その姿はたしかに人目を引く。いや、惹く。しかし、サークルの趣旨が伝わるとは決して思えない(主な活動内容が何なのかは知らないが)もので。
 ・・・・・・この人、たしか二十歳過ぎた成人男性だったよな。
 俺はその衣装を全く違和感なく、というか、むしろ似合うくらいに着こなしている同居人に溜息を吐いた。
「そんな格好で勧誘なんかするから、変態ばっか集まってくるんですよ」




 この日、サークルの勧誘で中戸さんが着ていたのは、ライトブルーのナース服だった。








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