フラット・ホワイト 02

 「なんだ、そういうことだったのかぁ」
 サークルの賭け兼罰ゲームで、中戸さんが女の格好をしていたこと。俺が家賃を浮かせるために、その罰ゲームに協力して一緒に歩いていたこと。そして、時間を潰すために犬飼の店に行ったことを説明すると、彼女はやっと納得したというように、顔から疑問符を消した。
「それで違うって言ってたんだね」
「そういうこと」
 俺は大きく頷いた。犬飼は色の褪せたベンチに座って伸びをする。
「それならそうと、早く言ってくれれば良かったのに」
「言えるかよ。あそこまで広められて」
 あろうことか犬飼は、俺にとびっっっっっきり可愛い彼女ができたと、高校の同級生に振れ回りやがっているのだ。
「高校の奴らには本当のことなんか言うなよ。別れたとか振られたとか、適当に終わらせといてくれ」
「振られたって言ってもいいの?」
「この際なんでもいい」
 そうでなくても目立つ格好をしているのに、更に注目を集めるようなことをしてくれた犬飼を人通りの多い校門付近から引き離し、俺たちは少しはなれた所にあるバス停へと移動していた。中戸さんと有川も一緒だ。犬飼一人ベンチに腰掛け、男三人は立ったまま。説明のほとんどは、誤解の原因を作ったサークルに所属している二人がしてくれた。
「でも、とっても良い雰囲気に見えたのになぁ。彼女さんもすごい優しそうに微笑んでて、絶対蒔田くんに気があると思ったのに」
 犬飼は、自分が中戸さんの彼女に立候補したくせに、何故か中戸さんが俺の彼女でなかったことが残念でならない様子だ。どういう思考回路をしているのかよく分からない。みんなに訂正して回るのが面倒なだけかもしれないが。
「そりゃ、俺は俊平くんを嫁に欲しいと思ってるからねー」
 中戸さんはのほほんと性質の悪い冗談で返す。
「な、なんで俺が嫁ですか。女の格好してたのは中戸さんの方でしょう」
 というか、そういう心拍数を上げるような冗談はやめていただきたい。
「俊平くん、卵焼き上手だから」
「そんなこと言ってると、好きな人とやらに聞かれて誤解されますよ。中戸さんの場合、冗談と取ってもらえない可能性が高いんですから」
 わざと説教臭く言ってやる。有川もうんうん頷いて同意した。
「うちの大学の奴は、たいてい本気だと思うだろな」
 この中戸さん、恋愛対象に性別を問わない人なのだ。つまり『好きだ』と言われれば誰でも、男女問わず受け入れてきたわけで。そしてそれは、彼のずば抜けた成績の良さや容姿の良さ、そして変人であるという事実と共に、うちの大学では広く知られるところとなっている。
「あー、いいのいいの。どうせ望みないし」
 中戸さんは、宝くじに当選するわけないからというくらいの軽さで笑った。自虐的な様子もなければ、投げ遣りな調子でもない。当たるも八卦当たらぬも八卦……じゃなくて、外れて当然、むしろ当たる方が驚異、といった感じ。その軽さが、逆に悲しくも聞こえて。
 中戸さんでも望みのない人がいるのかと思うと、ちょっと意外だ。
「でも、たしかにグンジ先輩って、俊平には特別優しい気がする。俺らに対する時と態度変えてません? 俺らは呼び流しなのに、俊平は『くん』付けだし」
 有川が拗ねたように口を尖らせた。自分はサークルが同じで、俺より長い付き合いなのにといじけたように言っているが、犬飼の言葉に便乗してからかってやろうという魂胆が丸見えだ。けれど、それに中戸さんが「当たり前だろ」と返したので、有川は気勢を挫かれた形になってしまった。自然、俺の動悸は早くなる。
「有川に嫌われても痛くも痒くもないけど、俊平くんに愛想尽かされて出てかれたら、俺、たちまち生活に困るもん」
 なんだ、そういうことか。てか、そりゃそうだ。
 しかし、嫌われても痛くも痒くもないと言われた有川は、ひでーと傷ついた顔をして、中戸さんに迫った。
「先輩、かわいい後輩に向かってそんなこと言っちゃっていいんですか? 俺、部長焚きつけて、また女装企画やりますよ? 部長、グンジ先輩の女装姿に惚れてるから、すぐ乗ってくるし」
 部長って、今年もたしか男だったよな。なんでそんな変態を部長に据えるんだ。
「女装くらい、金儲けになるならいくらでもしてやるよ」
「先輩! 羞恥心はないんですか!?」
「そんなもん、三年前に捨てた」
 三年前といえば、ミスコンの時だろうか。それとも初めて罰ゲームをして、卑猥なオプションとやらを全部やって十万近く稼いだ時か。
 涼しい顔で答える中戸さんに、こんな人がサークルの先輩だなんて! と有川が嘆く。俺から言わせば、おまえらのサークル全員似たりよったりだろとなるのだが。
 中戸さんはいつもとは違う、人の悪そうな笑みを浮かべて、有川の肩に腕を回した。
「なんなら今度は有川とデートしようか。おまえならオプションフルコースで付けてやるよ。箱辺が何て言うか楽しみだな」
「いやー! それだけはやめてくださいー!」
 オプションて何? と訊いてくる犬飼に、聞かない方がいいと諭し、俺はやってないからなと念を押した。
 バイの中戸さんと同居していようが、変態サークルに付き合って女装の中戸さんとデートしようが、俺はまっとうな道にいるのだ。これ以上誤解されては困る。
 中戸さんはひとしきり有川をからかうと、
「それじゃ俊平くん、くれぐれも今日は風呂にお湯入れないでね」
 そう言い残して去っていった。要はそれが一番言いたかったらしい。同居していても互いのことなどほとんど干渉することはないのだが、俺がよく浴槽に湯を張っていることはバレているようだ。
 有川は、おまえら未だに携帯でやり取りしてないのかと呆れていたが、ふと思案顔になって呟いた。
「グンジ先輩が望みゼロってことは、相手はノン気の男かな」
「え?」
 そこまで事情を知らない犬飼がベンチの上でエアポケットに入ったようだったが、俺は放っておくことにした。








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