マキアート 03

 目が覚めると、俺は中戸さんのベッドに、一人で転がっていた。きちんと布団を肩までかけて。あんな状態の中戸さんを胸に抱いて眠れるわけがないと思っていたのだが、いつしか向こうの寝息に引き摺られて寝てしまったらしい。当の中戸さんはもう起きているようで、部屋に姿はなかった。代わりに戸の隙間からコーヒーの香りが漂ってきて、中戸さんがダイニングにいることが分かった。
 どんな顔して出てけばいいんだ……。
 俺は頭を抱えた。だが、考えてみればそれは向こうも同じことだろう。いや、案外俺より頭を抱えているかもしれない。でも、無理矢理押し倒したり抱きしめたりしたのは俺の方で。
 あああああ、昨夜のことを全部抹消してしまいたい。
 しばし布団の中でのたうちまわる。すると埃と一緒に中戸さんの残り香が立ち上ってきて、俺は慌ててベッドから抜け出した。そうでなくても朝なのに、このままこの中にいるのはやばい。
 どのみちここにずっと隠れているわけにはいかないのだ。学校はまだ休みだが、バイトは今日もばっちり入っている。
 そう思いつつ、また愚図愚図していると、コーヒーの匂いに混じって、卵の焦げたような臭いがしてきた。「ぐげっ」という中戸さんの奇声も聞こえる。
「何やってんですか!?」
 俺はそれまで考え込んでいたことも忘れ、思わずダイニングに飛び出していた。
「あ、俊平くんおはよう。昨日迷惑掛けたお詫びに朝飯でも作ろうと思ったんだけど、失敗しちゃって……」
 そう言う中戸さんは、対面キッチンの向こうでフライパンから卵と思しきものをこそげ落としていた。
「何を作ろうと思ったんですか?」
「え? た、卵焼き?」
 何故に疑問系?
 俺もコンロのある方へ周り、卵の残骸を確認する。卵焼きを作ろうとしてスクランブルエッグになるのはよくあることだが、中戸さんのはそれすらにもなっていなかった。まず、色が黄色くない。茶色いを通り越して黒い。一つまみ取って口に入れると、めちゃくちゃ甘かった。
「これ、みりん入れたでしょ」
「砂糖よりみりん入れるとうまいって聞いたことあったから」
「入れすぎですよ。それに、砂糖やみりんたくさん入れたら焦げやすくなるんだから、ちゃっちゃとしないと。ほら、ちょっと貸してください」
 中戸さんからフライパンを取り上げて火にかけ、薄く油を敷いてから融かしてあった卵を少しだけ流し込む。菜箸ではなくフライ返しを探して、少しずつ残りの卵を注ぎながら厚焼きに仕上げると、中戸さんはおおいに感嘆してくれた。
「俊平くんすごいねぇ。魔法使いみたい。有川は料理できないって言ってたけど、あれ大嘘じゃん」
「これでも父子家庭で育ちましたからね。卵焼きくらい出来ますよ」
 というか、卵焼きは料理のうちに入るのか?
「何言ってんの。卵焼きの旨い料理屋は、本当に旨い店なんだってよく言うじゃん。うわ、すごいふわふわ。嫁に欲しい」
 中戸さんは、皿に載せた厚焼き卵を穴が空くほど見つめて感心しきりといった様子だ。よほど料理が苦手なのか、本当に感動してくれているようだが、どっちかというと俺は旦那の方が……って、何を考えてるんだ、俺は。
「味付けは中戸さんですからね。甘すぎても俺は知りません」
 あわや昨夜のことが思い出されそうになり、俺はなるべく素っ気無く言って、皿にかじりついている中戸さんからダイニングテーブルに目を移した。トーストと千切っただけの野菜サラダ、それにヨーグルトとコーヒーが行儀良く並んでいる。
「どうせならスクランブルエッグにして、ハムと一緒にトーストに乗せて食べれば良かったですね。なんか卵焼きだけ取ってつけたみたいだし」
 俺が冷蔵庫からハムを取り出して言うと、中戸さんは渋々といった感じで白状した。
「実は、プレーンオムレツを作ろうと思ったんだよね」
 ……みりん入れちゃったから、卵焼きって言ったんですか……。








時系列index




inserted by FC2 system