コレット 04

 週明け。長谷川さんとの顛末を聞こうと俺を待ち受けていた有川は、話がご破算になったことを話すと「やっぱりな」と訳知り顔で頷いた。
「やっぱりなってなんでだよ?」
 なんでこいつに俺の人生を先読みされなきゃならないんだ。
 俺は一限のある講義棟に向かいながら、有川に訊いた。俺達の歩く石畳には、柔らかいというよりちょっと強すぎるくらいの日差しが降り注ぎ、早くも夏が近いことを感じさせている。
 有川は、さらりととんでもない答えを返してきた。
「だって俊平、グンジ先輩のこと好きだろ」
「へ?」
「へ? って、自覚ないわけ?」
「そりゃ好きは好きだけど、それが長谷川さんを断るのにどう関係してくるのかが分かんね」
 まぁ、ある意味関係していたと言えなくもないが。
「どう関係って……。他に好きな人いるのに付き合えないってことだろ」
「あのなぁ、中戸さん男だぞ」
 俺は頭を抱えたくなった。
 こいつらのサークルはちょっと、いや、かなりおかしい。部長は男なのに中戸さんに惚れている(女装した時のみらしいが)し、この春卒業した川崎という先輩は中戸さんに真摯に告っていたし。中戸さんは中戸さんで、サークル仲間とは寝ないと言いつつ、酔っ払うとどうなるか分からないし、女装もわりと面白がってやってる気がするし。サークル全体が、中戸さんを女性視しているのか、相手が中戸さんなら男が好きになるのも当たり前だと思っているのか。それは下手をすると大学中にも言えることではあるのだが。
「だから?」
 それがどうしたと言わんばかりの有川の反応に、こいつもどっぷりあの環境に毒されてるんじゃないかと思う。
「だから、中戸さんに対しての好きと、長谷川さんと付き合った場合に思う好きは、種類が違うだろ。だいたいおまえ言ったじゃん。俺があっちの世界に免疫ないから心配だって。まだこっちにいるみたいで安心したって」
 俺が中戸さんとの同居を決めた時、彼がうちの大学ではゲイで有名だと知っていた有川は、どうにか止めようとしたのだ。それなのに今は。
「んでも、俊平が好きならいいんじゃないかと最近は思うようになったわけよ」
 毒されてる。絶対あのサークルに毒されてる。
「だから、そういう意味では好きじゃねーって。今まで付き合ってた女に対する好きとは全然違うし」
「どう違うんだよ?」
「どうって……」
 突っかかるように問い質されて口ごもる。
 今まで恋人に感じていた好きと違うことは分かるのだが、具体的に言葉にするのは難しい。かといって、有川達のような友人に対する好きとも少し違うような気もする。同居しているせいか、家族に近いような気もするが、親父や母親に対するのとも絶対に違う(つーか俺、親父はともかく母親のことは好きじゃねぇ)。
「当たり前のことだけど、四六時中触れてたいとか、セックスしたいとか思わねーし」
 たまにおかしな具合にはなるが。
「何かしてあげたくなることもあるけど、中戸さんのためってより、自分のためっつーか……」
「何だよ、それ? 良いことをしたって自己満に浸りたいわけ? それとも嬉しそうな顔が見たいってこと?」
「や、別に自己満とかは感じねーけど。まぁ、後者に近いかな。だから、純粋に相手のためってわけじゃねーんだよ」
 笑っていて欲しいと思う。守りたいと思うこともある。でも、それは相手のためというより自分のためで。自分が安心したいからで。
 歴代の彼女に何かしてやる時には、もっと相手を喜ばせることだけを考えていたような気がする。そうすることが義務だと思っていたし、それが当然だとも思っていた。その行為や結果によって自分まで喜ぼうなんてセコイ事、考えてもみなかった。ましてや、そっちを目的に何かをしようなんてあざといこと。
「そりゃおまえ、今までまともに人好きになったことねーんじゃん」
 さらりと決め付けられ、俺は唖然とした。なんでこいつにそこまで言われなきゃならないんだ。
「性欲なんて、好きな奴にだけ感じるとは限んねーし。誰も好きになったことねーんだから、今までの女に対する気持ちと違って当たり前。だいたい慈善事業じゃねーんだから、好きな相手に何かするのに下心なんかあって当然なんだよ。しかも、嬉しそうな顔が見たいがためだけに何かしようって気になるなんて、かなり重症じゃん?」
「そりゃおまえが言ったんだろ! だいたい、性欲感じないってこたぁないだろ、普通」
 だんだんとからかい口調になってきた有川の言っていることはしかし、全くの見当違いだとは言い切れないような気もして。それでも反論の余地はあるとばかりに噛み付くと、奴はまた顔を引き締めて迫ってきた。
「全く感じないって言い切れるか?」
 至近距離でやたらと真剣に問われ、返す言葉に詰まる。
「一マイクロも、一ナノも感じないって言い切れるか?」
 有川はなおもじりじりと詰め寄ってくる。
 即答できなかったばかりに、俺の頭の中には不可解な言動の理由を訊き出すために押し倒したことや、酔っ払ってキスしそうになったことなどがフラッシュバックしてきて、身体中の血液が頭部に集中しそうになっていた。
 それでも俺は、どうにかこうにかそれらの映像を記憶の彼方に追いやって、有川を押し返した。
「……言、い切れるに決まってんだろ!! アホかおまえは」
 有川は、俺の急な反撃によろけて、二、三歩ふらふらと後退したが、すぐに体勢を立て直すと、今度は不敵な笑みを浮かべた。
「おまえさぁ、誰がグンジ先輩の女装デートの時の写メ撮ったと思ってんだよ? 自分がどんなツラしてたか気付いてねーんだろ。一昨日、グンジ先輩に『おめでとう』って言われた時だって。俺はあの時自覚して断ったのかと思ったよ」
「俺がどんな顔してたってんだよ?」
 どちらの時も酷い顔をしていただろうと予測はしていたので、自然と声に力がなくなる。そんな俺の反応を見て、有川は「やっぱりな」としたり顔になった。
「絶望的なツラ。今にも泣きそうなツラ。だいたい、いつも何でも他人事のおまえが動揺すんのなんて、グンジ先輩が絡んでる時くらいなんだよ。今みたいにな。いい加減気付け」
 有川は、まるで俺のことなどお見通しだとでも言うような口調で断定し、さっさと講義棟に入っていった。








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